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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)1567号 判決 1959年10月20日

日興信用金庫

事実

訴外吉崎昇は、昭和二十七年七月一日原告日興信用金庫に雇われ、原告金庫の外務員として、同金庫会員に対する貸付金定期積金、普通預金等の集金等の業務に従事し、昭和三十二年十二月三十一日解雇された者であるが、昭和三十年九月一日、原告と被告平野亀治との間において右吉崎昇が原告金庫に対し故意又は重大な過失によつて損害を及ぼした場合は被告は、同人と連帯して即時賠償の責に任ずる旨の身元保証契約を締結したところ、訴外吉崎昇は(一)昭和三十一年六月頃より同三十二年十二月までの間に訴外石井隆次外十八名より職務上集金した金二百五十一万八百九十九円を擅に自己の用途に費消して横領し、同額の損害を原告に与え、(二)原告金庫の会員であり出資証券の所有者である訴外能美礼子外二名から同人ら所有の原告金庫出資証券の売却方の斡旋を受け、同証券を訴外今井千代等に売却してその代金合計十五万円の交付を受けたにもかかわらず、これを譲渡人に引き渡さず費消横領した。訴外吉崎昇の右(二)の行為は原告金庫の職務に関する行為ではなく、譲渡人に対する不法行為ではあるが、原告金庫の従業員の行為であり原告金庫の信用上放置できないので、原告金庫は昭和三十二年十二月二十六日これら被害会員に対し、右出資証券の額面額十五万円を支払つたので、原告金庫は同額の損害を蒙つた。

訴外吉崎はこの損害金の支払義務を認め、昭和三十三年九月一日、原告との間において、同訴外人は原告に対し、昭和三十三年九月一日に六十万七千九百二十二円を支払い、残金二百五万二千九百七十七円は同年九月より同六十七年十月まで毎月末日五千円つづ四百十回に亘り、但し最終回は七千九百七十七円を、何れも原告本店に持参して支払うべき旨の裁判上の和解が成立し、同訴外人は原告に対し六十万七千九百二十二円及び昭和三十三年九月三十日に五千円計六百十二万九百二十二円を支払つた。よつて原告は、訴外吉崎と連帯して責任を負うべき被告に対し右損害金残代金の支払を求める、と主張した

被告平野亀治は、仮りに訴外吉崎が原告主張の行為をしたとしても、右吉崎は昭和二十七年七月一日採用後間もなく横領していたのに、原告は使用者として同人に対する監督監査を何ら行わないばかりでなく、同人を成績優良者として表彰さえしていたし、被告も形式だけでよいといわれて従前の身元保証契約を更新し本契約を結んだのであつて、若し原告の通知によつて被告がこの事情を知つていたならば、本契約は締結しなかつた筈であるから、被告には、原告の重大な監督上の過失によつて生じた吉崎の行為については保証責任はない。

また、仮りに被告の保証責任が認められるとしても、(一)被用者吉崎の監督について使用者たる原告には重大な過失があり、(二)被告が吉崎の身元保証をなすに至つた事由及び身元保証契約をなすに当り原告金庫はこれに殆んど注意を払わず、(三)被告は既に老令(六十八年)で弁済能力はない、等の事情により、保証責任の限度額については相当斟酌されるべきである、と主張し、さらに、原告主張(二)の行為は吉崎の職務に属しない事項に関するものであり、原告金庫が譲渡人に出資証券の譲渡代金を支払つたのは、吉崎の譲渡人に対する損害賠償を立替えて支払つたに過ぎないから、本件身元保証契約の効力は及ばず、従つて被告に保証責任はない、と抗争した。

理由

被告は、本件契約締結当時、吉崎に既に横領があつたのに、原告金庫に重大な過失があつたため、結局被告もこれを知らずに身元保証をしたが、若し知つていたら身元保証契約を締結しなかつた筈だから責任はないと主張するので按ずるに、証拠によれば、古崎は本件契約締結以前から集金を横領していたが、順次右横領金額を補てんしていたことが認められるが、右事実は原告もこれを知らなかつたことが認められるから、原告は故意に身元保証法第三条第一号の通知をしなかつたわけではない。原告にも外務員の監督について不十分の点があつたことは後記認定のとおりであるが、それは被告の責任額が全然存在しないほど軽減されるべき重大な過失ということはできないから、保証責任がない旨の被告の主張は採用することができない。

次に、被告の責任を軽減すべき事情について検討するのに、証拠を綜合すれば、吉崎は昭和二十八、九年頃から横領行為をしていたが、原告はこれを発見できなかつたこと、原告金庫は昭和三十年頃までは外務員の監督者が各外務員の毎日の集金分を集金カードと集金伝票とによつて照合することによつて集金事務を監査していたに過ぎず、右集金カードも集金伝票も共に担当外務員が作成することにしていたので、担当外務員が右集金カード集金伝票に虚偽の記載をすれば集金分を横領しても監督者には解らなかつたこと、昭和三十年頃から監督者において集金が延滞している預金者の通帳を担当外務員を通じて預金者から提出して貰い、これと元帳とを照合し、監督監査していたが、訴外吉崎については、定期積金集金件数約三百件に対し、月平均五、六件を照合し、普通預金の集金分は全くこれをしなかつたという程度であつたこと、原告金庫においては監督者が抜打的に直接預金者の通帳と原告金庫の台帳を照合するような処置はその後もとつていないこと、原告金庫では吉崎のほか外務員中十数名の不正行為者を出したこと、が認められる。

右認定事実によれば、原告金庫の外務員に対する監督方法はかなり不完全であつたというべきであつて、これは被告の身元保証人としての責任の程度を定めるについて斟酌すべきものである。

そこで身元保証法第五条により右認定の事情を斟酌して被告の保証責任を判断すれば、被告の保証責任は吉崎昇の不法行為によつて生じた損害の三分の二に相当する金額をもつて相当と考える。よつて被告は原告に対し百六十七万三千九百三十三円を支払う義務があるところ、吉崎が右債務のうち六十一万二千九百二十二円を支払つたことは原告の認めるところであるから、被告は原告に対し、昭和三十三年十月分からの割賦金を右義務の限度で支払う義務があるといわなければならない。

さらに原告は、その主張にかかる(二)の十五万円をも不法行為による損害としてその賠償を被告に求めているが、吉崎の(二)の行為が原告金庫の職務に関しないことは原告の自認するところであるから、訴外吉崎の行為は譲渡人に対する不法行為に過ぎず、原告金庫に対する不法行為又は債務不履行とはいえない。もつとも原告は右金十五万円を譲渡人に対して支払つているのであるが、これは第三者の弁済であるから、これによつて原告は右譲渡人に代位するに過ぎない(もし吉崎の行為が原告金庫の職務の執行に関するものであれば、原告金庫に吉崎の選任監督に過失のなかつたことの立証されない限り、原告金庫は被害者に対して吉崎と連帯して損害賠償の義務を負担することは民法第七百十五条の明定するところであり、原告金庫がこの義務を履行したときは、吉崎に対して求償することができるのであつて、この求償債務には身元保証の効力が及ぶものと解する余地があるが、被用者が職務の執行に関しない不法行為により第三者に損害賠償義務を負担している場合に、使用者が第三者に右債務の弁済をしたからといつて、身元保証人に対し、使用者が弁済による代位によつて得た求償権の履行を求めることはできないといわなければならない。)よつて右十五万円に関する原告の請求はこれを採用することができない。

以上のとおりであるから、被告は原告に対し、昭和三十三年十月より昭和六十一年七月まで毎月末金五千円づつ、同年八月末日金三千九百三十三円を支払わなければならない、と判決した。

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